【2024.07.15】
ONFの音楽に宿る“美しい影”を通して、ニーチェ哲学とリベラルアーツ、そして「自由に生きる力」を探ります。
すべてが 美しい
ONF は、1人1人の歌声に「伝える力」があります。
MonoTree の方々の創作する ‟美しい音”
その中に溶け込む ‟美しい歌声”🎶
私は、ONF 6人それぞれの声が大好きです。
そして、全員の声が重なった瞬間のユニゾンが、たまらなく好き💗
個性のある声たちが重なり合うと、まるで光のグラデーションのように調和して、キュンとします。
バラードでのユニゾンは、甘くて溶けそう~💕
息がぴったり合っていて、感情がまっすぐ伝わってくる。
その力強さと美しさに、心を打たれます。
そして—— 歌詞もまた、力強い。
聴くたびに、心の状態によって新しい意味が浮かび上がってくるような「深い言葉」。
まるで自分のことを歌ってくれているように感じる瞬間があるのです💖
「私のこと、見てるの?」「私のための歌?」
そう思える歌がいくつもある。
まるで、私たちの心の日記を読んでいるみたい。
ONF の音楽は、人間の心を深く見つめ、
そっと寄り添ってくれる
“特別な歌” なのです✨
私たちの心の日記を読んでいるのが ONF!
私たちに寄り添い、人間の心理を奥深くまで掘り下げている、スペシャルな歌詞なのです✨
他の K-POP もたくさん聴きますが、やっぱり最後に戻ってくるのは——「響く音楽」🎵
これぞ、芸術。
ONF の音楽は、「生きていることの素晴らしさ」を感じさせてくれる “美” の表現そのものです🌈
どんな芸術家も、自分の「最も自然な」状態、すなわち「インスピレーション」の瞬間における自由な整序、配置、処理、形成が勝手気ままな感情からいかにかけ離れたものであるか、また、まさにその際、自分がいかに厳密かつ精細に、幾千もの法則に従っているかを知っている。
『善悪の彼岸』ニーチェ

これって… まさに、ディオニュソスとアポロン!!
G-highさんの言っていた “正しい場所” って、こういうことかもしれません💡
なぜ ニーチェ?
最近、ニーチェの哲学について書いています。
なぜかというと——
もちろん、ONF が “超人(Übermensch)” を歌っているからです🌟
♪ My Genesis (Übermensch)《CITY OF ONF#2》
ONF が好きだから、もっと知りたくて、
気がついたらニーチェにたどり着いていました。
ただ、ニーチェの本は難しい💦
(2025.11追記:ChatGPT に質問しまくったら、だんだん意味が分かってきました😊)
解説書もたくさん読んでいますが、大事なのは “どの解釈に立っているか” を見極めること。
今、たどり着いているのが——この分厚い一冊です📚
『ニーチェの道徳哲学と自然主義「道徳の系譜学を読み解く」』
ブライアン・ライター著 大戸雄真訳 春秋社
今回の投稿は、その本から得た知識をもとにしています。

かつて福沢諭吉の思想に夢中だった私。
でも今、それ以上にニーチェに惹かれています。
「独立」「自己愛」「道徳の批判」
このあたり、福沢諭吉とニーチェってすごく似てる✨
どちらも、‟直感” を大切にし、それを言葉で表現するために、学問を探求している。
けれどニーチェは——とことん。
人類の歴史の骨の髄まで掘り下げて言葉にしている哲学者なんですね。
価値転換
【あらゆる価値の価値転換】
潜在的に高位タイプの人々を、支配的な道徳という “誤った信念” から自由にすること。
これこそ、ニーチェの目的。
私たちが「危険な道徳」から自由になるためには、
あらゆる価値の価値転換が必要なのです。
We need to be happy so need to change everything!!(♪New World)
ONF もまた、ニーチェの思想に共鳴している——
私はそう感じています。
だから、ONF を愛する FUSE こそ、“見聞きする” ことが大切なのです🌟

気づくの、ちょっと遅かったかも~⚡
ONF を愛しているなら、
‟もっと知りたい” という欲がある。
‟見聞きしたい” と思っている。
つまり、それが「希望」なんです✨
ニーチェが気に掛ける高位タイプの人々は、道徳規範に照らして批判的に自己反省することができる見込みのある人物であると同時に、そうした規範から最も有害な影響を受けるような人物でもある。実にニーチェの目的というのは、〔…〕これらの高位の人間たちが、より多くのことを「見聞きする」すなわち道徳的諸価値は彼らにとって本当は不利益なものだということを「見聞きする」ための手助けをすることに他ならないからなのである。
P266より
「自分が今まで信じてきたことって…」
高位タイプの人が、「ハッと気付く」「目を覚ます」ことが必要なわけです。

私も——「見聞きする手助け」をしたい!
このブログを読んでほしいのは、「高位タイプ」の方々です。
日本にはそういう人がたくさんいる。
そして、ONF もそう信じていると、私は思っています。
「私たちの最高の洞察は、その洞察へとあらかじめ傾向づけられても、運命づけられてもいない人々に無断で聞かれてしまった際には、愚かなことのように、また場合によっては犯罪のように響くにちがいないーそしてそう響くべきなのだ」『善悪の彼岸/ニーチェ』
秘教的道徳家のニーチェは選ばれし個人——ニーチェの諸々の考え方に「あらかじめ傾向づけられても、運命づけられても」いる、発生期にある高位の人間——だけに影響を及ぼして、道徳に関する彼らの意識を変えたいのである。社会の政治・経済組織の形態を含め、より大きな社会のことはニーチェの関心ごとではまったくないのだ。
P427より
求められているのは政治的な変革ではなく、個人的な変革、すなわち発生期にある高位の人間の個人的な改革だとされている点だ。
P434より
個人の意識が変わること
これが求めらている。
アンズ と トマト と カシ
ニーチェが非常に賢明で利発な本を書いたのは、トマトの苗がトマトを実らせるのと同じ理由による。
P118より
いかにして人は現にあるところのものになるか。答え——人は現にあるところのものに必然的になるのだから、この目的に向けた特別な努力を何らしないことによってである。
P121・122より
『「説話や教化」を使って人間の「性格」を「改革」しようとするのは、「カシの木を大切にそだてることでアンズを実らせようとする試みと全く同じである』
P494より
引用している本の副題は、「道徳の系譜学を読み解く」。
系譜学というのは、起源や歴史を探る学問。
「そういう価値嗜好を持つ運命」というのが、自分の道徳の起源なのですね。
ニーチェの言葉の奥には、“人は、自分の種として自然に成長する” という思想があります🌿
自分がアンズなのか、トマトなのか、カシなのか—— それは運命であり、本能で選んでいる。
「努力しないでいい」という意味ではなく、
“自分の本性に沿って努力している” ということ。
つまり、それが「力への意志」なのです🔥
「力への意志」は、複雑な解釈を生む言葉です。
私は、この意志を、「自分のあるべき姿になろうと生きる意志」だと感じています。
トマトはトマト、アンズはアンズ、カシはカシ。
I’m myself!
どの種として自分が生まれてくるかは… 運。
でも、自分に合った環境を本能的に選び、
その中で美しく実を結ぶことができる。
自分で選択し、行動する——それが “自由”。
人間は、自由に生きる力をもっているのです。
有害な道徳を「選択させられている」
いまの社会は、カシの木にアンズを実らせようとしている。
だからこそ「奴隷道徳」は有害なのです。

言い換えると…
不自然!

「人間を自然へと戻す」
それがニーチェの使命だね~🐙
アンズの道徳を押しつけ、
他の植物にまで「これが正しい」と刷り込む。
それが「常識」「普通」という名の支配。
——これが常識なんだから、あなたもやるのよ。
——これが普通なんだから、仕方ないよね。
アンズの価値が「良きもの」だと刷り込まれている植物たち
本来の自分の環境を、選択せずに苦しんでいる植物たち
本来の自分の実を、十分に実らせることができずにいる植物たち
この植物たちも、アンズの道徳をそのまま他の植物にもあてがうのです。
いつの間にか。
結果として——
私たちは「現にあるところのもの」になれなくなり、
「力への意志」を奪われてしまうのです。
奴隷道徳の世界は、
「欲を隠せ」と教え、
「他の道を見つけないように」仕向けます。
つまり、選択肢を奪う世界。
それは、生きる力そのものを奪うこと。

だからアンズの道徳、押しつけないで~😠
でも、アンズにはそれがわからない。
彼らは「自分の道徳こそ正義」と信じているからです。
言い換えると、「違いが認められない」。
「事実というものは存在しない。あるのは解釈だけである。」——ニーチェ
『共通の道徳』なんて、存在しない。
『個人が解釈した道徳』があるだけ。
世界は関係でできている。
個と個の関係でできている。
あなたの最大限の力を発揮できるのは、アンズの世界ではない。
自分に合った栄養、気候、休養を選んだとき——
あなたの中の「美しい実」が輝く🌈
その意味がわかるのが、“聞く耳を持つ高位タイプ”✨
だからこそ、ニーチェはアンズにではなく、
トマトやカシ——つまり、あなたに語りかけているのです。
ニーチェは未来に語る人
ニーチェの文体は迫力があり、時に激しい言葉も使います。
でも彼は温厚で、誠実な人物だったそうです。
人間を深く愛し、私たちの「力への意志」を奮い立たせるために、
あらゆる学問を駆使して “芸術としての哲学” を残しました。
彼は天才でした。
そして——未来に語りかける人。
なぜなら、彼にはわかっていたのです。
未来には、高位タイプの人間が増えていくことを。
「神がいなくなる未来」——それが ‟今” なのです⚡
自己理解と自由
“主人道徳” の意味を理解できる人は多くいます。
でも、自己理解できない社会では、
自分が奴隷道徳に染まっていることに気づけません。
「自分は自分の価値で動いている」と思っていても、
実は、社会のイドラ(幻影)に縛られている。
現実と向き合えない “慰めの常識” を信じているうちは、
自分を愛せず、自己理解ができないのです。
ルサンチマンと支配
他人に自分の価値を押しつける行為。
それもまた「力への意志」から生まれます。
能力のある人間を妬み、支配したい。
自分と同じ場所に縛り付けたい——
それがルサンチマンの欲。
ルールを作り、他人を従わせる。
それは“want(支配欲)” の現れです。
「自分は素晴らしい、だから皆もそうしよう」
——価値が他人に依存している。
欲を悪とし、他人をルールで縛る。
「自分は素晴らしい。自分は自分。他人は他人。」
——価値が独立している。
欲を自然とし、自分を律する自由をもつ。
共通の価値など存在しない。
私たちは他人に従うのではなく——
自分自身に従うのです。
世界の常識より
自分自身を
信じればいい
自由への道 —— リベラルアーツ
アンズの支配から抜け出すために必要なのが、
リベラルアーツ
それは、知識を得て、自分で選択できる状態になること。
自由になるための学び —— それが “リベラルアーツ” ✨
リベラルアーツとは、“自由になるための学び” であると同時に、
“自分を知るための学び” でもあります。
それこそが、最も深い意味での —— リベラルアーツなのです。
どんな自分でも受け入れること。
自分を知ると、心が静かに整っていきます。
アンズでも、トマトでも、カシでも。
末人でも、高位タイプでも。
「それが自分なんだ」と受け入れる。
そうして、影を見つめる。
「こうありたい自分」と「現実の自分」が違っていても、
抑え込んでいた影を受け入れたとき、
そこから光が生まれます。
ディオニュソス的な ”塵やガス‟ は、
アポロン的な美しさを生むために、欠かせない要素。
影もまた、自分にとって “絶対に必要なもの” 。
私たちの内にも、宇宙がある。
塵やガスが重力エネルギーによって
数学的な秩序を生み、光を放つように——
私たちの影も、知のエネルギーによって
思考の流れを整え、行動を変えていく。
混沌は、外からのエネルギーで、美しい秩序を生み出す。
影は、見つめることで、
やがて—— 光へと変わる。

まだ表示できる投稿がありません。









✨✨ すべてが美しい ✨✨